僕が初めて外の劇団から脚本依頼をされたのは25歳の時だった。その頃僕は大学の後輩と二人で芝居ユニットを作ってこじんまりと舞台をしていた。
大学の先輩を通じて、とある劇団の主宰者さんが見に来た。で、その人から「ウチで脚本書かないか」とお誘いを貰ったのだ。
脚本を書き始めてまだペーペーで自信のかけらもない僕に、まさか他の劇団さんから脚本依頼が来るとは思わなかったので、ぜひお願いしますと頭を下げた。
僕たちの公演が終わって打ち合わせが始まった。
その劇団はもう10年近く舞台をやっていて、その主宰者さんが脚本演出、時には出演もしている所だった。
ずっと俺が書いてきたからさ、たまには若い人の脚本やるのもいいかなと思って、という理由だった。
要は団体の活性化のためだが、こちらとしては理由などどうでも良い。
今まで役者が集められないという理由で4人くらいの脚本しか書けなかった僕に、座付きの役者さんや客演さんがたくさん出る芝居なんて夢のまた夢だ。しかも舞台セットも作ってくれるという。
ストーリーは全部任せるから。役者は12人前後でコメディがいいな。
僕は一生懸命書いた。書いたものをプリントアウトして、主宰者さんに読んでもらう。ダメ出しされて書き直して続きを書く。
その繰り返しで、一ヶ月ほどかけて最後まで書ききった。
しかしそこから地獄が待っていたのだ…
ラスト20ページがどうしてもOKが出ないのだ。
何度書き直しても突き返された。稽古初日はどんどん近づく。役者さんも全部決まっている。気持ちは焦る。でも何が駄目なのか分からない。
違うんだよなー、こうじゃないんだよなーの連続。
そうこうしているうちに稽古が始まる。
とりあえず前半だけ稽古するからさ、稽古のときに台本持ってきてと言われ、書き直しを持って行く。
だからさぁこうじゃねえんだよ、分かんねえかなぁ! 役者さんの前で荒い口調でダメ出しをされる。
帰り道、劇団員の役者さんに慰められる。大丈夫だよ、充分面白いよ、時間はまだあるし俺たち待ってるから。
なんて言われるとますます悲しくなる。
おそらく精神的にかなり追い詰められていたんだと思う。僕は衝動的にバイトを辞めた。
とにかく家にこもって台本を書き直す時間が欲しかった。
また、稽古に台本を持って行く。みんなの面前で罵倒に近いダメ出しをされる。もはや劇団の人たちも同情の目でしか僕を見ない。
そしてついに本番10日前になった。ラストが出来ないから通し稽古もできない。
主宰者さんはついに決定を下す。
俺がラスト書くわ。
まあ、解任されたようなものだ。
で、僕は稽古場から開放された。本番も行く気はなかったが、優しくしてくれた劇団員さんが誘ってくれて見に行った。確かにラストは変わっていた。
でも、僕の脚本と劇的に変わって何が面白くなったのかは分からないままだった。
数年後、そこの劇団の役者だった人とばったり会うことがあった。
お茶をしながら、当然あの時の話になる。
で、事の真相を聞いたのだ。
実はあの頃、劇団内はかなりごたついていたらしい。主宰者のワンマンでNOと言える団体ではなかったこと。さらに主宰者の書いてくる話が面白くなくて、劇団内では辞める辞めないの真っ最中だったのだ。
で、主宰者は外部の僕にホンを書かせる。徹底的にダメ出しをし、最後は自分で書き直す。
な、結局俺が書かないと駄目なんだよ、俺より面白いホン書きなんか、そうそういないんだよ。
という誇示のためだったというのだ。
つまり僕は人身御供にされたわけ。
まあ、真相を聞いても後の祭り。僕はその芝居を最後に舞台から離れてしまった。後輩とのユニットも解散した。いつかこれをやろうと約束していた脚本を一つ残したまま。
その脚本をインターネットの脚本サイトに投稿し、それをきっかけに、また舞台の世界に戻ることになるのは、それから5年後のことである。
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