(短編)消えた山道

(短編)消えた山道

達夫が叔父の経営する建設重機レンタルの会社に入ったのは半年前だった。

とある地方都市の広大な敷地に重機が並んでおり、叔父は営業、達夫はレンタルスケジュールを担当していた。あとは経理担当の年配の女性が一人、たった三人の小さな会社だった。

達夫は駅から少し離れた小さなアパートを借りていた。そこはバイクの駐車場付きで、125ccのバイクをとめられるというのが決め手だった。

達夫はそのバイクで会社に通っていた。アパートと会社の真ん中には標高400メートルほどの小高い山があり、山の周りをグルっと迂回するように県道が通っている。就職して数ヶ月はその県道を使っていたが、ある日山の中に細い山道があることに気づいた。しかもちゃんと舗装されているのだ。ただ車一台がようやく通れるほどの道で、向かいから車が来たらすれ違えない。

しかし達夫はバイクだ。対向車が来ても問題ない。しかもこの山道を使えば信号もなく、通勤時間が半分以下に短縮される。

それから達夫は往復の通勤にその山道を使うようになった。

その日、達夫は残業をしていた。レンタルしていた重機が返ってくる日だったのだが現場が伸びて、返却が遅くなるという。

経理の女性が帰り、叔父も営業先から直接帰るという。事務所は重機が並ぶ駐車場を見下ろすような二階建てプレハブである。その二階の事務所で達夫はテレビを見ながらカップラーメンをすすっていた。夜10時を過ぎて、ようやく重機が返ってきた。引き渡しを済ませ、事務手続きにミスがないか確認をし、社長にLINEで報告をする。

これで長かった今日の仕事は終わりだ。バイクにまたがりエンジンを吹かす。眠くてたまらない。ダッシュで帰って風呂に入って寝たかった。腕時計を見ると11時を少し過ぎていた。そんな時間に山道を通ることはなかったが、走り屋のような危険な車やバイクと遭遇したことはない。対向車だって数えるほどだった。

まあ、大丈夫だろう。

達夫は県道から山道方向にハンドルを切った。ふもとにはいくつかの家がありいつもは窓から明かりが漏れているが、この時間は真っ暗だ。田舎は夜が早いなと思いながら、通い慣れた山道を上っていく。あたりは真っ暗だ。バイクのライトが数メートル先を照らす以外、光のたぐいは何もない。

時折山の動物の鳴き声が遠くに聞こえる。あれは鹿だろうか。

しばらく走って達夫は違和感に気づいた。

上りの山道が終わらないのだ。普通なら10分もかからず頂上を超え下り坂となる。

腕時計を見ると11時半だ。山道に入って15分以上経っている。しかし上りの道はまだ終わりそうにない。周りを見ても真っ暗闇過ぎて、ここがどこか分からない。あとどれくらい上るのだろう…

達夫が不信感に囚われた時、あきらかに知らないルートが目の前に現れた。大きく右に曲がるカーブだ。

ありえない。

達夫はバイクを止めた。この道は通い慣れた山道ではない。

どこかで、道を間違えたか?

いや、この道は一本道のはずだ。

もしかしたら道路幅の拡張工事とかで、迂回路にでも入ったか?

いや、工事などやっていた覚えがない。

考えられる可能性を全部自分で否定できる。

どうする?

この道を進むか?

進んだところで小さな山だ。アパート近くの出口に出られなくとも、県道には出られるはずだ。20分以上も走ってきたんだ、いくらなんでもどこにも行けないなんてことはないだろう。

むしろどこに出るのか好奇心も湧いてきた。

達夫が意を決してバイクを出そうとしたとき、闇の中に2つの光る点が見えた。目を凝らすと、それは鹿の目であった。バイクのエンジン音に驚くことなく、その目はじっと達夫を見つめていた。

行かないほうがいいか。

ふと達夫の脳裏にそんな考えがよぎった。

引き返そう。

時間がかかっても、元の県道に戻り迂回して帰ろう。

達夫は、じゃあなと、その光る目につぶやきバイクを反転させた。

今度は下り坂だ。気をつけて走らなくては。

途中もしかしたら本当に分かれ道があったのかもしれない。注意深く走るが、そんな分岐点はなかった。

道の向こうに、ようやく車のライトが見え始めた。県道に出たのだ。

しかし、達夫が出た県道は会社側ではなかった。達夫のアパート側の県道なのだ。

確かにあの時自分はUターンをした。同じ道を引き返したはずだった。なんでアパート側に出るのだ?

県道をしばらく走り、自分のアパートにたどり着いた。腕時計を見ると午前1時だった。

嘘だろ…

今まで自分はどこにいたんだ。

達夫は部屋に駆け込み、風呂にも入らずベッドに潜り込んだ。夢に違いない、きっとそうだ。

翌朝、不安感に包まれながら達夫は目を覚ました。何も変わっていない。安心すると、改めて昨晩の不思議な体験を思い出す。

一体何だったんだろう。

出勤の時間になった。いつも通りバイクにまたがる。ガソリンが半分以下に減っている。一昨日入れたばかりだ。通勤以外に使っていないから普通なら半月は持つはずなのに。

達央は県道沿いの行きつけのガソリンスタンドに入った。すると、馴染みのアルバイトが達夫に声をかけてきた。

「知ってます? 夜中バイクと車が正面衝突したんですって」

「知らない。どこで?」

「いやぁ、それが不思議で、田んぼのど真ん中らしいですよ」

「田んぼのど真ん中? 道なんてないでしょ?」

「そうなんですよね。道を間違えるなんて話じゃないでしょ? どっから入ったんですかね? みんな不思議がってましたよ」

達夫には思い当たるふしがある。

昨晩の自分だ。あの不思議な出来事。

もし自分が不審に思わなければ… その時引き換えしていなかったら…

車と正面衝突したのは自分だったかもしれない。

「もう一つ不思議なことがあるって聞きましてね」

アルバイトが話を続ける。

「バイクと車に挟まれて、鹿が一匹死んでいたらしいんですよ。かわいそうですよねえ、とんだ災難すよね」

あの鹿だ。達夫をじっと見つめていた、あの光る目の鹿。

「車とバイクのドライバーは死んだの?」

「いやぁ、それがお互い軽症だったらしくて、良かったですよね。なんでも、間に挟まった鹿がクッションになったからって話ですよ」

守ってくれたんだ。

あの鹿は、自分を山道から追い出し救ってくれた。

事故をおこした二台には、自らの命を犠牲にして。

休みの日、達夫は山道の中腹までバイクで向かい、花束を道脇に置いた。あの鹿へのせめてもの手向けだった。

その後、達夫は二度と山道を使うことはなかった。

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