最後の7日間(4-1)

最後の7日間(4-1)

7月3日(日)

夜中一時に目が覚める。わずか四時間しか寝ていないのに熟睡感がある。しかし今からずっと起きているわけにはいかない。妻を起こさないようにキッチンへ行き、日本酒を飲む。無理やり三合ほど飲みフラフラ状態でもう一度布団にもぐりこむ。こんな状態がずっと続くのだろうか。不安にさいなまれる。やがて再び眠りにつく。

起きると朝六時だった。すでに妻は起きており今日の弁当を作っていた。キッチンに置いたままにしてあったコップから匂いを嗅ぎ取ったのか、夜に酒を飲んだ事を聞かれる。寝つけなかったと話す。

九時になり妻の運転で野球場に向かう。助手席で沙織がはしゃいでいたが、私は後ろの席で最近の自分に降りかかっている不可思議な現象を反芻していた。早朝の起床、車のスピード感、周りと合わない歩調、昨日のゲーム、短時間で訪れる空腹感。

私の中には一つの考えが浮かんでいた。これらのことが説明できるたった一つの考えだ。しかしあまりにも馬鹿げている。現実的にはありえない話だ。だが、もしそれが事実だとしたら。

私は今日の野球がそれを確かめる絶好の機会だと思っていた。

球場に到着し、矢作社長らと挨拶。沙織はみんなからマスコットアイドル的に扱われ、ご満悦の様子。しかし私の気分は冴えない。黙々とストレッチをする。しばらくして山下がキャッチボールをしようと言ってきた。

やはりだ。山下の投げてくるボールが遅くてしょうがない。しかも私の投げる球も遅すぎる。調子いいんですか?と山下が聞いてくる。何故かと聞いたら、私の動きがキビキビして早いからだそうだ。自分はそんなつもりはないが、そう見えるらしい。

岡田部長がノックをするという。私は守備位置のライトに走っていく。普通に走るだけで内野手よりも早く守備位置に行ける。そんなダッシュして行かなくてもいいっすよとファーストの田中から言われる。無論ダッシュしているつもりはない。

部長がノックを始めた。レフトにフライが上がった。打球が遅く感じる。あのフライをライトのこの位置から取りに行けと言われたら間に合いそうな気がした。ライトにフライが上がる。私は軽々キャッチできる。当然だ、スローモーションで落ちてくる感じがするのだから。

次にバッティング練習。結論から書くが、私は一球も空振りすることなく打つことができた。みんなからいつの間に練習したんですかと聞かれるが、練習なんかしたことない。大打者が集中してバッターボックスに入ると球が止まって見えるというが、まさにそんな感覚。止まってはいないが、スローボールに見えるのだ。

試合が始まった。先行は矢作製作所。軽く三者凡退で終わる。

一回の裏、うちの攻撃も軽く終わる。ピンチは三回の表にやってきた。ヒットとフォアボールでツーアウト満塁にされてしまった。ここで、ライトとセンターの間、いわゆる右中間に打球が飛んできた。普通ならツーベースになるコースだ。しかし私は、軽々と打球に追いついた。チームから歓声が上がった。打ったバッターもベース上で信じられないという顔をしていた。

その裏、私の打席が回ってきた。当然のごとくピッチャーの球は超スローボール。私は思い切り引きつけて球を打った。ショートの頭を越してレフト前ヒット。一塁ベースに入る瞬間球の方向を見るとまだ打球がレフトまで届いていない。そのまま私は二塁へ向かう。悠々セーフ。普通のレフト前ヒットがツーベースヒットになった。

試合が終わった。結果は6対4で矢作製作所の勝利。まあ接待野球だから負けるのはいいとして、問題なのは私の成績だ。ツーベースヒット2本、スリーベース1本、ランニングホームラン1本の成績、守備ではノーエラー、ファインプレー3回。盗塁もしようと思えば簡単に出来たが、勝つことが目的ではないのでやらなかった。

結局私がこの試合のMVPをもらった。

しかし私は喜んでいられる場合ではなかった。今朝考えていた予感が確信に変わっていたからだ。

その考えとは・・・ ああ書くのも恐ろしい。しかしこれが現実なのだとしたら・・・いや現実なのだ。夢ではない・・・

つまり、私と周りの人間との「時間の進み方が違う」ようなのだ。私の時間が周りよりも早く動くのか、周りが私の時間より遅く動いているのか、それはまだ分からない。ただ分かるのは、私の感じる1秒が周りにとっては2秒、もしくは3秒かかっているということだ。逆に言えば私は周りの人間より2倍、あるいは3倍速く動けるということ。

ありえない。そんなバカなことがあるのだろうか。

私の頭がおかしくなってしまったのだろうか。

このままどうなってしまうのだ。私はみんなと違う。一人だけ時間が違う。

違う

違う 人と違う 怖い 恐ろしい 俺は俺はどうなるんだ このまま

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